まこネット Maconettes

本堂誠の生活を綴るブログ。

2014年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2014年11月

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戦争と平和 Guerre et Paix

フォーク、ナイフ、メトロノーム、ホイッスル、サイレン。
鞭、電動ドリル、スタンガン(?)、ピストル(?!)。

後半が若干物騒ですが、全てこの日のコンサートで使用された、つまり楽器です。

guerre et paix


2014年秋、Cité de la Musique 主催のコンサートのテーマは『戦争と平和』。
そう、今年で第一次世界大戦から100年です。
戦争と追悼はある側面での表と裏であり、ミサはその追悼の手段の一つです。


プログラム / Programme

ジョスカン・デプレ / Josquin Desprez
ミサ " 武装した人 " / Missa "L'homme armé"

フランチェスコ・フィリデイ / Francesco Filidei
Missa "super" l'homme armé


ジョスカン・デプレは音楽史におけるルネサンス期を代表する作曲家で、フランス史においてはイギリスとフランスの間で起こっていた百年戦争の時代に当たります。おそらくこのミサのタイトル、”武装した人”はその戦争へ参加した人たちのことを指しているのではないかと思われます。

一方のフィリデイ氏はイタリア出身で、パリ音楽院で学んだ後は若手ながらも世界中で委嘱を受けている人気の作曲家です。
先日のコンサートではマショーのテキストを元にルルーが新たなアイデアを、それが今回はジョスカン・デプレとフィリデイの関係、というわけです。


さて、異様な楽器が並びましたが、ミサ曲のプログラムである、

Kyrie
Gloria
Credo
Sanctus-Benedictus
Agnus Dei

の5曲はオリジナルのままに、それぞれ曲間にフィリデイ氏による作品が差し込まれました。
彼によって再現される戦場の音はピストルとサイレンが入ってから激しさを増し、初めてコンサートで(あまりの音量のために)耳を塞ぐという体験をしました。ピストルを撃つ人が手を高く掲げると会場の聴衆は揃って耳を塞ぐ、端から見たらかなり異様な光景だったのではないかと思います。
かと思えば、自分の心臓の音が聞こえそうになるぐらいの微かな音まで使う音量の幅の広さ、そして訪れるミサの安らぎは一層大きなものとなり、まんまと作曲者の思惑の思う壷にはまっていました。


うーん、それにしても…火薬臭い(笑)
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ルルー・マショー Leroux-Machaud

毎年6月にIrcamが中心となって開催している現代音楽祭り、マニフェスト -Manifeste-。
前回のマニフェストで最も注目を集めたコンサートが今回早くも再演されました。

lerouxmachaud.jpg

フィリップ・ルルーはサックス奏者にとって"SPP"や"緑なすところ(Un lieu verdoyant)"などの作品で縁のある作曲者で、私も今年2月のコンサートで"3つのビス(3 bis rue d'insister)"を演奏しています。

一方ギヨーム・ド・マショーは14世紀の作曲家で、音楽史の中ではアルス・ノヴァの時代を代表する主要な人物です。
ルルー氏は現代音楽に留まらずバッハやモンテヴェルディ以前の音楽についての見識が深い人であり、"3つのビス"の2曲目では一つの主題を元に12世紀のペロタンのスタイルから始まり、最後はいつの間にか19世紀のショーソンのスタイルで終わるというタイムトラベル的作品となっています。

今回の作品ではマショーの時代から保存されている楽譜のテキストから音符を取り出し、または音符の装飾からジェスチャーを取り出し、当時の音楽と現代技術である電子音やコンピュータを使って計算された和音などを用いて見事に融合させています。

この融合が成立する理由、個人的な意見としては2つあります。
まずはマショーによる当時の曲が想像以上に"現代曲のように響く"こと(私にとっては17〜20世紀辺りの音楽が耳馴染みがあります)、そしてルルーによる微分音は自然倍音や計算によって選ばれた音、つまり"自然に響く"ことによって、お互いの時代的な距離はかけ離れていても音楽としては歩み寄っているのではないかということ。
そしてもう一つはルルーが確かに伝統を受け継いだ先の音楽として存在することによって、マショーとの繋がりを失っていないということ。これは西洋音楽として、というよりもフランス人としての精神だと思いますが、ルルーのマショーへの大きな敬愛が伝わってきます。この曲は特にフランス人にとって特別な意味を持っており、歴史的価値のある試みであるだろう、なんて聴きながら(異国人である疎外感を感じながら)考えていました。

素晴らしい曲であったことは間違いないのですが、1時間以上の曲を集中して聴き続けるというのは精神的にも体力的にもかなりの疲労感を伴います…
初演の際は予約の時点で既に満席という人気で、私は聞けずに本当に無念な思いをしましたが、とにかくこうして聴けたことに満足です!

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